あさま山荘VSおばちゃん恋愛
ひさしぶりにビデオをみた。
タイトルは「突入せよ! あさま山荘事件」。
役所広司がみたくなって借りてきた。
キャリアからみた現場というのは、緊張感がない。
20世紀の日本映画では、役人目線(または軍人目線)で大事件を描いてきたものだが、
このごろでは、この構図はどうもみていて退屈だ。
主人公佐々淳行と、警視庁組のなれあいと、長野県警との対立は刑事ドラマよりもだれている。
組織と人とのかかわりあいが、あの当時とはひどく変わってしまった。
いまの社会は、当時のようには熱くなれない。
そんなわけだから、なんともさびしい感じがみてから残った。
みたあとで、西原理恵子の「パーマネント野ばら」を読む。
地方の漁村に生きる若くない女たちの野卑な純情。
ただれすぎて腫瘍化する性愛、崩壊してゲル化する家族。滅びのように死んでゆく友人たち。
これが今の日本の現実だ。
そこでは、おとこは厄介な邪魔ものでしかない。
あつい「おとこたち」の物語だったはずの「突入せよ! あさま山荘事件」は、
リアリストの空虚な目からはまぼろしほどの魅力もない、昔がたりでしかない。
おばあちゃんの領域に両足をつっこむ「おばさん目線」がいまや最強である。
「おばさん目線」は、善悪の彼岸を飛翔し、汚穢と禁忌にどっぷりつかって、粘液化した現実をはいまわる。
これに勝つ哲学はあるのか?
ちかごろ興味があるのは、この分野である。
http://www.shinchosha.co.jp/wadainohon/301931/index.html
「パーマネント野ばら」